■雑記-関東の鉄道-

●常磐線の旧客 2004年12月20日

今から20年ほど前の話ですが、 うちの親が土浦にゴルフに行くというのでついて行きました。 当時の常磐線普通はローズピンク色の401系が使用されていましたが、 帰りに駅に行くと、何故か旧客が到着。 機関車はEF81でした。 あとで知ったのですが日に3往復くらい上野〜仙台に設定されていたみたいです。 しかし混雑した旧客はやですね。 乗り降りするだけでも大変でした。

●千葉駅の発車ベル 2004年12月22日

現在千葉駅では発車ベルを鳴らしません。 ベルといっても今はメロディですけどね。 そのメロディすら千葉駅は鳴らさないのですが、 かつては千葉駅も当時の他の駅同様、 発車前にジリジリジリ!!!とベルを鳴らし続けていました。 しかし当時9・10番線はまだなくそのあたりには住宅がありました。 で近所から騒音の苦情がきて協定かなにかを結んだとか聞きました。 確かにあの金属音ではたまりませんよね。 聞いた記憶なので実際のところはわかりませんが。

●佐倉駅の駅弁 2004年12月22日

僕が子供の頃は、佐倉に電車が着くと必ず売り子のおじさんが、 声を出して弁当を売っていました。今でもあのおじさんの顔は覚えています。 当時の普通に使われていた113系は全車非冷房だったおかげで、 みんな窓を開けていてそこそこ売れてたみたいです。 四街道もそうでしたが駅も平屋の木造でいい感じでしたね。 というか113系がピカピカに見えましたよ。当時は。 そんな駅弁も僕が横浜に13年間いってる間になくなっていました。 千葉の冷房化はだいぶ遅かったはずですがその影響なのかな?

●153・165系の電車急行 2004年12月22日

僕が品川から成田線沿線に引っ越してきた翌年に、 それまでのDC急行から153・165系の電車急行に変更になりました。 残念なのはキハ編成のことは微かな記憶しかないことです・・・。 さて電車化された鹿島と水郷はグリーン車を連結した7両編成でした。 そして房総各線の急行はヘッドマークをつけていました。 165系はかっこよかったですね。 しかし低運転台でも高運転台でも153系は嫌いでした。 これらの急行は廃止された1982年の秋に一度だけ鹿島に乗っただけです。 この時は廃止を待たずにグリーン車が外され、 ヘッドマークもつけていなかったと思います。

●DD51 2004年12月21日

成田空港開港後パイプラインができるまで、 燃料輸送は貨物列車が行っていました。 当時小学生だった僕は、自宅から成田線が見えたのですが、 灯りも点けずに明け方に通る2本の列車が何か判らず不思議に思っていました。 その列車が貨物と知ったのは中学生になってからです。 また日中は2重連や3重連の回送も見られました。 僕の記憶では夕方に酒々井の中線に3重連が停まっていた気がします。 そして成田駅にもいつもタンク車を連ねたDD51がいました。

●国鉄色 2004年12月18日

JR発足後、地域毎に特色のあるカラーリングの車両が走っていますが、 どうも僕には馴染めません。 その点千葉は国鉄色が健在です。 特急も肌色と赤のツートン。これが一番高級感を感じさせます。 けど来年度中には全部新型になるそうですけどね。 まぁ車両自体は相当くたびれた感じで、 乗ってても昔のような高級感というものがまったくないので仕方ないですが。

●115系湘南色 2004年12月17日

先日115系湘南色が成田線と総武本線で走っていました。 スカ色に慣れた千葉の人にとって違和感ありあり。シートもロングだしね。 この車両は故障車の代役でこの後廃車になるそうです。 70年代後半くらいはダイヤ改正で車両の転籍があった場合でも、 暫くは塗装変更せずごちゃまぜで走っていました。 そりゃスカ色と湘南色の混成は見事でしたよ。(笑)



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